【 7 】





「いったいどういうことですか!?」

あたしの叫び声に、ユーキが、じゃなくて、ユーキ様は困った顔をしていた。

うん、叫んじゃうよね。びっくりすぎるでしょう!

「本当はこんな服できみの前に出てくるつもりじゃなかったんだけどね」

「ユーキ様、例の口うるさいジジィ・・・・・じゃなかった、ご隠居がたがいらっしゃっていたのでしょう?それで急遽正装してお会いになったと」

ナツさんが口ごもっていたユーキの代わりに聞き出してくれていた。

「うん、まあね」

「まぁたユーキ様にタナタスに戻って、きちんと戴冠式を済ませて正式な王様になるようにという説得というか説教というか、くどきというか。そんなところでしょう?」

ナツさんが憤慨したように言うと、ユーキ様は苦笑していた。

「まったくあのクソジジ・・・・・えへん!」

ナツさんはユーキ様が身振りで制止したんで、レディとしては不適当なセリフを口にすることなく口をつぐんだんだけど、よっぽど腹にすわることがあるみたいだった。

「ナツ。モエさんを連れてきてくれてありがとう。あとは僕から自分で話すから」

「はい。それでは失礼致します」

先ほどまでの親しげな言葉遣いや態度をあっという間に改めて、さっと立ち上がって身分の高い人への丁寧なお辞儀をして部屋を出て行った。

「ナツはね、タナタスから一緒に来てくれた僕の乳母の親戚なんだ。頼りになる女性なんだよ」

「・・・・・そうなんですか」

部屋の中にはあたしとユーキ様と二人きり。なんとも気まずい空気が流れ続けていた。

あたしはユーキ様と顔を合わせるのが照れくさくて気まずくって、出来ればこのまま逃げ帰ってしまいたかった。でも相手があたしよりも身分の高い人だとわかった以上、あたしの方から帰りたいとは言い出せなかったし、何よりユーキ様を傷つけてしまう。

ううん、やっぱりこのまま何も聞かずに帰ることなんて出来ない。やっぱりあのときのことをきちんと説明してもらいたくて、ここにいるんだから。見せられてしまった以上、ちゃんと事情は教えてもらわないとね。

ユーキ様は小首をかしげて思案していたけど、やがてあたしの方に向き直った。

「ええと。そうだな、きみには何から話そうかな。うーん・・・・・」

「あの・・・・・本当に王様なんですか?」

「まあ、一応ね」

一応って、ナニ?

「まず、きみに僕の身分のことを黙っていたことは謝るよ。悪かったね」

ユーキ様があっさりと頭を下げて謝ってくれたものだから、あたしはとてもうろたえた。
だって身分が高い人なんだよね?ナツさんだって王族に対する礼をしていたわよね?その人があたしに謝罪しているなんて!?

「謝らないでください。困りますよぉ!それより、事情を教えてくださるんでしょう?あたしに黙っていたのはそれ相応の理由があって、それを説明するつもりになったから、ここへと連れてきたんでしょう?」

あたしがそう言うと、ユーキ様はほっとしたようにうなずいた。

「うん、なんでも話すよ」

「ありがとうございます。それじゃあお聞きしますけど、ユーキ様の素性って本当はいったい誰なんですか?あ、誰なんて言い方はおかしいですけど」

あたしが混乱した言い方をすると、ユーキ様はくすくすと笑い出した。

「ただのユーキのままでいいよ。その方がいいやすいだろ?そうか、モエに話すとしたらまずはそこからだね。ええと、僕の名前なんだけど、ユーキ・セス・モリオス。ドブリスの仮王だ」

「・・・・・仮王?仮の王様ってこと?王様じゃないんですか?」

「うん。本来なら次の王に王位を渡すために存在する中継ぎの王ということだよ。でも、いろいろな事情があって、僕は次の王に王冠を渡すことができなかった」

少し切なそうな顔をしながら、ユーキは簡単にドブリスの事情を教えてくれた。

政争に負けたユーキの一族は皆殺しにされて、たった一人残されたユーキは儀王として生かされていたこと。その儀王というのは、前王に代わって次の王へと王冠を受け渡す役目を持つ仮の王であり、王冠を渡した後は正式の王の邪魔になるために儀式で国のために生贄として捧げられるになっていたとか。つまりユーキも本来は殺される運命にあったということ。

でも、ケイ王様がドブリスの首都タナタスにやって来たことで大きく運命が変わったのだそう。

様々な事件が起こり、多くのごたごたの末、彼は仮王のまま現在はこのロンディウムにある館に留め置かれているのだそう。

つまり、政治的な決着っていうことかしらね?

でも、それならなぜ普段はドブリスの仮王として過ごしているのではなく、ケイ王の愛妾?のユーキでいるのかしら?城の中では、彼はまるで平民のように扱われているようだけど。

「僕はケイを愛したんだけど、だからと言ってブリガンテスの王とドブリスの王が愛し合っていくことは出来なかったからなんだ。もし僕が女性だったら王妃になることで問題は解決したんだろうけどね」

でも、僕は男だから。

とユーキは少し困ったような顔で言った。

「ケイはこのアイディアを考え出して、重臣たちや諸侯たちになんとか飲ませたんだよ。納得していない者もいるけれど、それでも表立って秘密を暴こうとはしていない。ここにいる数人の召使いたちは信用のおけるものたちで、僕たちの秘密と平穏を守ってくれている。
今、ユーキ・セス・モリオスはドブリスの王として、ここロンディウムの賓客となって丁重に遇されて住み続けている。一方ただのユーキはケイ王のそば近くで寵愛されている楽師であり、側近となっている。まあ、愛妾とも言えるけどね。つまり、ここには二人の人間がいることになっているんだよ」

ユーキは肩をすくめて続けた。

「実は僕が二つの名前を持って使い分けていることを知っている者はそれほど多くないんだ。ドブリスの王が人前に出てくることはほとんどないし、姿を見せるのは年に数回の諸侯たちとの会合くらいのものだからね。さっきみたいにドブリス王として人に会うときにはヴェールをかぶって顔を隠すようにしているし。多くの宮廷の人たちは僕がこの館で静かに過ごしていると信じているんだよ」

「あたしに言えなかったのもそれが理由だったんですね」

コクリとユーキはうなずいた。

「悪かったね」

「あたしのことはどうでもいいです。ユーキが優しくて誠実な人だってことはちゃんとわかっていますから。それより・・・・・それでいいんですか?このままだとユーキはずーっと、それこそ一生日陰の愛人扱いのままでいるってことですよね?宮廷の人たちに侮られながら」

「・・・・・そうだね。僕の立場だけを見ていればそんなふうに思えるかもしれないけど、ドブリスとブリガンテスの立場と力関係を考えると、これが一番いい方法なんだ」

「立場・・・・・って?」

あたしはそのときのユーキの言葉の意味がよく分からなかった。どうしてユーキが一方的にケイ王様の愛妾として貶められていなければならないのか理解できなくて、腹が立ってきたから。もっと正当な立場をあげてよ、ケイ王様!なんて。

ユーキが裏で宮廷人たちにどんなにひどい悪口を言われているか少しは知っていたし、裏で相当やっかまれていたり邪魔者扱いされてつらい目にあっているんじゃないってことは想像できたから。きちんと身分ある人として丁重に扱われるべき人じゃないのよ。

あたしがそう言いつのると、ユーキはとても綺麗な笑みを浮かべて言った。

「大丈夫。僕に手を出すものはいないよ。ケイが大切にしてくれているし、ちゃんと目を配っていてくれる。でも、心配してくれてありがとう」

逆にあたしに礼を言ってくれた。あたしが聞きたいのはそんなのろけじゃないのにね。

でも、ユーキが決めたことなのに他人のあたしがどうこう文句を言い続けることは出来ないわ。ユーキがこのままでいいというのなら、それでいいってことなのね。

「さて、僕の話はここまでにしておこう。それより君をここに呼んだわけを話そう」

あっさりと話を打ち切って、あたしを真剣な表情で見つめてきた。

「話したかったのはきみのこれからのことについてなんだ。もし出来るならきみはブリガンテスに留学したいって以前きみは言っていたけど、その気持ちが変わっていないかどうかを聞きたかったんだ。
もうすぐきみたちスプリングフィールドから来た人たちは荘園に帰ることになるって聞いたけど、きみも一緒に帰ることになるのかな?」

そうなのよねぇ。あたしが薬草園に出かけられなくなってしまった理由の一つに、もうすぐ家に帰らなくちゃならないってことになって、その準備のためいろいろとやらなきゃならないことができちゃったのよね。

「出来ることならここに残ってもっと勉強がしたいです!でも・・・・・ここに来たときに決まっていたことですから」

ええそう。もし出来ることならここに残ってユーキにもっといろいろなことを教えて欲しい。まだ知りたい薬草のことがいっぱいあるんだから。でも、ユーキが誰なのか知ってしまったのだから、もとのように教えてもらうことは出来なくなるわよね。

それに、あたしはケイ王様の王妃にも愛妾にもなるつもりなんてまったくないんだから、ここに残る理由はないのよね。だから、家司のロンディウムでの用事が済めば一緒に帰るしかないってわけ。

とっても残念だけど。仕方ないことなのよね。あきらめたくないけど、あきらめなきゃいけないの。

「あのね。きみが望むのなら、このままロンディウムで留学することも可能だよ。僕が先生じゃなくて、主治医の弟子になることが出来るから」

「・・・・・ええぇ〜っ?!」

あたしは思わず叫んでいた。

「モエ、きみは留学したいかい?」

「もちろん!」

あたしはこくこくうなずいてから、はたと気がついた。

「ユーキが教えるんじゃなくて、以前ことわられるだろうって言ってた主治医が教えてくださることになったということなんですか?」

「きみは、もう僕には教わりたくないだろう?」

ああそうか。ユーキはあたしが薬草園に来なくなったのは、例のベッドシーンを見てしまったせいだと思っているのね。あたしがユーキのことを嫌いになったと思った?あたしの気持ちは・・・・・。

「ユーキはいい先生ですよ?それに、あの晩のことはぜんっぜん気にしてませんから」

「・・・・・ありがとう」

ユーキはあたしの言葉に目をみはると、嬉しそうに言った。

「きみは勉強熱心だし覚えも早い。ここに残ってもう少し勉強することが出来れば立派な療法師になれるのは間違いないからね。
僕は何とかしてきみがここに残れないか以前からケイに頼んでいたんだよ。
ケイの妹ぎみの話し相手としてここに残したいと、荘園にいるきみの父上に申し出ればきっと引き受けてもらえると思ったんだ。
そうなればきみの一族とブリガンテスの王族とが近しい関係になれるわけだから、断られることはないと思ったしね。
もっとも、君に許婚者がいて、荘園に戻ったらすぐに結婚することになっているということがなければだけどね」

「そんなこと絶対にないです!」

あたしはあわてて否定した。ユーキがそんなことを王様に頼んでいてくれたなんて!なんていい人なのかしら!!

「でも、ケイ王様がすぐに許可しなかったってことは、もしかして王様はあたしが留学してここに住むってことに渋っていたってことですか?」

「う、うん。そうなんだよね」

「ケイ王様はあたしのような小身の荘園の娘が宮廷にうろうろとしてるのを邪魔に思っているということですよね?」

「違うよ!きみはとてもいい子だよ。ケイだったきみのことを嫌っているわけじゃない。ただ、彼は僕ときみとの親しさが気になって仕方なかったということなんだ」

「・・・・・はい?」

それってどういうこと?ユーキはケイ王様と愛し合っているのに、あたしがどこにどう入ってくるの?

「ケイは表面上は何も気にしていないような顔をしているけど、内心は心配していたんだよ。
僕がきみのことを気に入っているし、きみも僕のことを、その、好ましく思っているようだから、
その・・・・・このまま君と相思相愛の仲になってしまうんじゃないかと不安になってきたんだそうだよ」

「ユーキが?あたしと、ですかぁ?はぁぁっ!?」

おっと、淑女にはふさわしくない声が出てしまった。

「うん。僕が問い詰めたら白状したんだ。だから、その・・・・・ケイは一昨日の晩にあんな暴挙をやらかしたんだってね」

言ったとたんにユーキは真っ赤になった。

あたしがはからずも覗き見することになってしまったあの時のことを思い出したみたい。
あの晩にもあたしと目が合ってしまって、ユーキはどうしていいかわからないっ風情でとても困りきっていたものね。いまどきこんな純情な人って、深窓の乙女だっていないんじゃないかって思ったくらいだわ。

今だって普段は色白なユーキの頬や目のまわりが困惑と恥じらいでほんわりとあかくなっていて、なんていうかとても艶かしいのよねぇ。

おっと、見とれている場合じゃなかった。

「えーと、・・・・・つまりケイ王様はあたしを恋のライバルと見ていて、排除しようというつもりであんなことをしたというわけですか?」

それって、ユーキがあたしを好きになって、ドブリスの王妃として迎えるんじゃないかと心配していたってわけ?

ユーキがただの愛妾なら背信行為ってことで禁じることも罰することも出来るけど、ドブリスの王様となると、ケイ王様に遠慮する必要なんて無いから、あたしを王妃に(なんて、ガラじゃないけれど!)迎えることも出来るはずだ、って?

「ないない!ありえないです。ユーキがドブリスの王様だと知っても同じです。ユーキのことはとてもいい人だとは思うけど、恋愛対象には見てはいないです。あ、すみません!でも、すばらしい先生だと思っているだけです」

あたしは急いで否定した。

「それにしても、ケイ王様ってそんな子供っぽい手を考えるんですか?」

「うん、かわいいやつなんだよね」

ユーキは困ったように言ったけど、その顔は彼がしたことに対して困っていながら内心ではほほえましいと思っているらしい様子で、とてもやさしい表情で微笑んでいた。

・・・・・はぁ、当てられるわねぇ。惚気満開じゃない。

本人にその気はないみたいだけど。

「それで、ケイは今回のことに巻き込んだきみのお詫びとして留学を認めてくれることになったんだ。でもこんな事情では納得できない?モエはこの条件を受け入れるのは・・・・・だめかな?」

ユーキがあたしの顔色を伺っていた。あたしがヘソを曲げてしまうんじゃないかと思ったらしい。

確かにこれって口止めというか、慰謝料というか・・・・・。

でもまあ、いいか。

「ありがとうございます!ぜひロンディウムに留学させてください」

あたしがそう言うと、ユーキはほっとしたように笑って見せた。

「ああ、よかった。きみが嫌な気持ちのままで家族のもとに帰ってしまったら、どんなに気まずい思いが残るかわからなかったからね」

ケイ王様の非常識な行動に振り回されて、あたしまで嫌な気分のままでいることはないんだから。せっかく貴重なチャンスをもらったんだから、それを活かさなくちゃね!それがどんな理由からであれ、チャンスはチャンスですもの。

それにしても、ユーキってなんて親切な人なのかしら。あたしにこの地に滞在するチャンスをくれるなんて。

王様の前じゃなかったら踊りだしたに違いないわ!いやっふぅ!!

これで子供の頃からずっと念願だった療法師になれるっ!

「あのっ!もしお願いできるのなら、主治医のお弟子として留学するんじゃなくて、ユーキの正式なお弟子として留学したいんですけど。」

えっ?とユーキは目を白黒させていた。

「僕は主治医と違って正式な医者じゃないんだよ?そりゃ薬草の知識や治療法なんかはかなり知っているけど、体系的に習ってきたわけじゃない。正式な教師としてふさわしいかどうかもわからないし」

「ユーキはもうあたしには教えたくないってことですか?」

「そんなことはないよ!きみに教えるのはとても楽しかったからね。ただきみが僕の弟子になった場合、その・・・・・あの晩のことを気にするんじゃないかって思ったんだ。それに、その・・・・・いろいろと邪魔をするものが出てくるかもしれないし」

ああ、つまり駄々っ子が現れるってことね。
王冠をかぶっていて、背が高くて尊大な態度をしていて、どんな手を使ってもユーキを抱え込んで絶対に手放そうとしないやつが。

「そのときはユーキがかばってくださるんでしょう?あたしはユーキの教え方が好きなんです。あ、もちろん邪な気持ちは無しで!」

ユーキのことは好きだけど、彼のことは最初から恋愛対象には見てなかったわ。好みも違うし、お邪魔虫がいるし、何より彼が見つめているのはただ一人だから。

いずれケイ王様にもちゃんとあたしの気持ちをわかってもらうつもりだけどね。でも、面白いじゃない?子供っぽいヤキモチを焼くやつがいるっていうのも楽しいじゃないの。

「ああ、うん。そうだね。それじゃ弟子としてきみを引き受けることにしようか」

あたしとユーキは共犯者のような顔をして、手打ちをした。握手じゃなくて、戦士同士がするように、互いのこぶしを打ち合わせたの。



どうぞ、これからもよろしく。師匠!